フレームワーク

このように考えると、アメリカないし西洋型の心理治療を、修正なしに日本の治療現場にもってくることは今でもむりがあると思っています。ところで、今まで述べたことと矛盾しますが、心理療法の根幹となると、どこの文化の中であれ同じことでしょう。つまり、治療者と患者さんとの人格の交わりがアルファであリオメガなのです。さらに心理療法は、当然言葉のやりとりだけの問題ではありません。言葉以前の治療者、患者の人となり、気づかぬ感情のお互いの流れが重要なのです。いうなれば人間と人間の間にある囲気、ないし無意識的交流としかいいようのないなにかが重要なのです。このあたりのセンスの有無が治療の本質的なものに関わるでしょう。ここでは言葉や論理は二次的なものでしかなくなることもあります。最近、治療の実際にあっては、フロイトがいうところの抑圧の分析というよりも、自分のストレスや人格の問題に対する「気づき」の範囲を広げていくといつたほうが妥当なケースが多いのです。このような考えはアメリカにも強い。さらに自分探し、すなわちアイデンティティの問題が、ポーダーラインの治療ならずとも中心になりつつあります。このように心理療法は、その根底は動かずとも、その上部にあるフレームワークが日本でも外国でも変化していき、それが各文化圏に合ったかたちになっていくことが望ましいでしょう。

 

精神分析は、幼時期の家族環境や人間関係を重視します。ベッドで自由連想をし、そこで見られる抑圧されたものを見いだし分析するものです。しかし、このようなフロイト以来の方法をとっている治療者は少数です。多くは対面して話しますし、分析は現在の問題に中心をおくものです。もちろん、過去の幼時期の分析がときに必要になり、古典的分析がなされることがあるでしょう。また夢分析も重視されます。ユング派の分析療法は対面して話しますが、現在抱えている問題の根底にある無意識をフロイトのように性とのみ考えず、神話的世界と結びつけて分析します。私の考えではユング派の分析は自己実現という目標が主なので、 ユング派の分析に向いている人はやや健康に近く、かつ知的にも高い人に向いているでしょう。

 

 

認知療法は昨今きわめて盛んになってきました。これは患者の歪んだ思考を治療者と一緒になって見つけ、是正しようとするものです。私たちは気がつかないうちに、うつ病や不安障害に到るしかない思考を自動的に使っていることが多いものなのです。これを気づくようにするのが認知療法です。しかし、この認知療法も、多くの治療者が知らぬ間に使っていた心理療法であり、けっして特殊な方法ではありません。