この時期なんらかの激しい混乱を経験

しかし、およそ八〇%の人が、この時期なんらかの激しい混乱を経験すると考えられています。この混乱にあっては、人は自分の人生のすべてに疑間を投げかけ、それによって気づいたことに恐怖を感じ、自分や他人をも怒り、恨むことが多いと述べています。

 

この危機をうまく切り抜けるとより若い世代のよき指導者、よき助言者として自己確立ができます。そして、人生はさらに生産的となり、満足のいくものとして、後半生をおくることができます。しかし、この危機に充分対応できないと、五〇歳から五五歳の時期に、第二の中年の危機にさらされることになります。スイスの精神科医のユングも、中年の危機をつとに強調しています。ユングは、中年の危機は二五歳から四〇歳までにくると考えています。多くの心的危機は、青春時代からの願望を調整することなく、中年以降にもむりに、「青春」にしがみついていることから生ずるといいます。

 

彼はまた、中年以前の価値視と、以後の価値視はガラリと変化すると考えています。したがって、この中年の危機を乗り切るには、もう一度自己の心の内面に注意を向け、内面の旅を試み、それによって人生の意味と全体性を見出すべきであり、この成功によって、老いというものを、プラスのものとして受容できるようになります。アメリカの精神分析家のエリクソンは、中年は生産性と停滞の葛藤の時期といっています。

 

子供を育て、職業上の成功や達成が見られる反面、その不安や失敗からくる停滞感も生じ、たえず葛藤のなかにいることになりますが、この葛藤に成功すると「世話をする」能力が育ち、自分の能力を育て、顧慮するようになるのです。さらにエリクソンは、次の統合の段階を、人生の最終段階としています。ここでは、自己の人生の終わりを意識し、自分の人生や、それまで達成してきたことを評価します。そして、自分の人生が、意義深い冒険であったことを確認しようとします。しかし、ここでもこの評価や確認に不満となると、絶望と嘔気に襲われます。自分の人生が無駄ではなかったのかと思うわけです。この両面の葛藤をうまく解決できると、「知恵1いaoヨ」という、人生の統合と意味を与える最高のものが残されると、 エリクソンは考えています。

 

いささか抽象的過ぎるかもしれませんが、それぞれ中年期を思春期に劣らず重要な転回点と考えている人が多いようです。中年において、どれだけ外的充実感(仕事の充実や地位の安定)と内的充実感(自分の人生目標を妥当なものに設定し、内的価値判断を身につけること)があったかが、その後の後半生の安定に結びつくようです。

 

東洋においても四〇歳を不惑の年とし、陰陽道にあっても厄年は男性四二歳となっています。レヴィンソンの中年の危機とほぼ同じ時期です。中国の宋の時代に、廓庵禅師が「十牛図」という禅の手引きをつくりました。そこでの第一図は「尋牛」といって、牛を見失って、途方に暮れて草むらを歩いている人の姿です。自己を見失い、探すあてもなく迷いのなかにあることを示しています。